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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)11391号 判決

原告 吉野永市郎

右訴訟代理人弁護士 今井勝

被告 エドラス株式会社

右代表者代表取締役 遠藤茂

右訴訟代理人弁護士 中根洋一

主文

一  原告が被告に賃貸している別紙物件目録記載の建物の賃料が昭和六二年一二月一日から一か月四三万二五八六円であることを確認する。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告が被告に賃貸している別紙物件目録記載の建物の賃料が昭和六二年一二月一日から一か月七〇万一八〇〇円であることを確認する。

2  被告は原告に対し、金二九六万一三五四円支払え。

3  被告は原告に対し、昭和六三年一一月一日から毎月末日限り、金七〇万一八〇〇円支払え。

4  訴訟費用は被告の負担とする。

5  第2、3項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告の答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は被告に対し、昭和四六年六月二八日、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)につき、期間は同年一二月一日から三年間、賃料は一か月三三万円で賃貸する旨の契約(以下「原契約」という。)を締結した。

2  原契約は更新され、昭和五九年一二月一日から期間は三年間、賃料一か月四〇万八一〇〇円と改定された。

3  その後、昭和五九年ころから、都心から周辺部にかけ土地価格が高騰し、本件建物の存する青山地区もオフィスビル予定地として急激に地価が高騰し、それに伴い既存の賃貸ビルの賃料が高騰し、従前の賃料では不相当となった。

4  原告は、被告に対し、昭和六二年一一月一〇日到達の書面で、同年一二月一日以降の賃料を一か月七〇万一八〇〇円に増額する旨の意思表示をした。

5  被告は従前賃料の六パーセント相当額の増額のみを受け入れ、昭和六二年一二月分以降は一か月四三万二五八六円を原告に対し支払っている。

6  よって、原告は被告に対し、本件建物の賃料が、昭和六二年一二月一日から一か月七〇万一八〇〇円であることの確認を求めるとともに、右同日から昭和六三年一〇月三一日まで一か月二六万九二一四円の割合による従前賃料との差額未払賃料合計二九六万一三五四円の支払及び昭和六三年一一月一日から毎月末日限り、一か月七〇万一八〇〇円の割合による賃料の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2の各事実は認める。

2  同3の事実は否認する。

3  同4、5の各事実は認める。

4  同6は争う。

三  抗弁

1  原告と被告間で、東京高等裁判所昭和五五年(ネ)第一〇四一号事件について、昭和五六年一二月二五日の口頭弁論期日において訴訟上の和解(以下「前件和解」という。)が成立し、右和解において、「更新の際には賃料を六パーセント宛値上げするものとする」との合意がなされた。

したがって、従前賃料の六パーセントを超える増額請求は許されない。

2  原告と被告は、昭和五九年一一月一五日、契約更新にあたり、前件和解による条項を再確認し、引き続き同一条件で更新する旨合意したので、更新時の値上げ率は六パーセントに制限されるものである。

3  仮に上限六パーセントの制限がないとしても、原契約の特約として、更新の場合の賃料増額は一〇パーセント以内とする旨の合意がなされた。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実中、原告と被告間で前件和解において、被告主張のとおりの合意がなされたことは認めるが、これが増額の上限を定める趣旨である旨の主張は否認する。

右合意は、昭和五九年一二月一日の更新についてのものであり、その後の更新について拘束するものでなく、また借家法七条一項本文所定の事由を主張しなくても当然六パーセント増額されることを取り決めたものにすぎない。

2  同2の事実中、次期の更新時の値上げ率を六パーセントとする旨の合意がなされたことは否認する。

3  同3の特約がなされたことは認める。

五  再抗弁

1  仮に抗弁1のとおりの趣旨で前件和解における合意がなされたとしても、昭和五〇年ころから昭和六〇年ころの間は、賃料を定めるについて重要な要素である地価及び賃料の変動が少ない時期であったことを踏まえ、被告とのトラブルを解消する目的でなされたもので、右客観的情勢が変化し、右合意による条件を維持することが契約当事者の一方に一方的に不利益を強いる結果となるものであるから、右合意は効力を失う。

2  仮に更新時の賃料増額に上限を設定する合意がなされたとしても、原契約三条で、法令または経済界の急激な変動により賃料の改定を必要とするときは、協議のうえ改定することができる旨の合意がなされており、この場合の増額には制限がないところ、昭和六〇年後半から昭和六二年一〇月ころまでの本件建物付近の地価の高騰、賃料の増額は第二次世界大戦後のインフレ期を除けばかつて経験をしたことのないものであり、これらは経済界の急激な変動に該当するものであるから、制限なしに増額が許される。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁1、2の主張は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1、2、4の各事実は当事者間に争いがない。

鑑定の結果によれば、昭和六二年一二月一日の時点で、本件建物の賃料が従前の賃料では低きに失し、不相当になったことが認められる。

請求原因5の事実は当事者間に争いがなく、被告は昭和六二年一二月一日から従前賃料の六パーセント増の一か月四三万二五八六円の限度で増額は認めているものである。

二  そこで抗弁1につき検討する。

《証拠省略》によれば次の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

1  昭和四六年六月二八日に原、被告間で締結された原契約では、期間満了時に再契約する場合は、協議のうえ一〇パーセント以内の賃料改定ができる旨の特約がなされていた。

2  昭和五〇年、原告は被告に対し、本件建物につき期間満了による昭和四九年一二月一日からの賃料増額を求めて訴訟(東京地方裁判所昭和五〇年(ワ)第八六六六号事件)を提起し、昭和五二年二月九日、賃料を月額三六万三〇〇〇円とする判決がなされ、右判決は確定した。

3  更に昭和五二年、原告は被告に対し、昭和五二年四月一日からの賃料増額を求めて訴訟(東京地方裁判所昭和五二年(ワ)第一〇三五六号事件)を提起したが、昭和五五年四月一四日、請求棄却の判決がなされた。

原告は右判決に対し控訴し(東京高等裁判所昭和五五年(ネ)第一〇四一号事件)、昭和五六年一二月二五日、前件和解が成立した。右和解条項中第一項は次のとおりであり(このうち(四)については当事者間に争いがない。)、右のほか被告は原告に対し、和解金六〇万円を支払うこととされた。

「原告と被告との間の本件建物の賃貸借について、次のとおり定める(左の条項以外については従前どおりとする。)。

(一)  期間 昭和五六年一二月一日から三年間

(二)  賃料 昭和五六年一二月一日から一か月金三八万五〇〇〇円

(三)  更新料は旧賃料一か月分

(四)  更新の際には賃料を六パーセント宛値上げするものとする。」

4  昭和五九年一一月一五日、原告と被告は期間満了にともない、賃料を六パーセント増の一か月四〇万八一〇〇円、期間を同年一二月一日から三年間とするほか引き続き同一条件で更新する旨の更新契約書を交わして契約を更新した。

三  前件和解条項第一項(四)の趣旨につき検討すると、六パーセント「宛」との文言は、将来の更新の都度、同条項が適用されるべきことを表す趣旨と解するのが自然であり、《証拠省略》の和解条項全文をみてもこれを次期の更新に限定する趣旨の記載もないこと、原告と被告の本件建物の賃料増額については昭和五〇年から繰り返して訴訟にまで至る紛争が継続していたことからすると、右条項は、原契約における更新の際の賃料増額幅を一〇パーセント以内とする約定を前提に、以降の更新の都度、賃料改定についての紛争が惹起することを防ぐため、これを以後六パーセントと確定する趣旨で合意されたものと認めるのが相当である。

また右和解条項は、文言上も合意による更新の場合に限定されていないから、昭和六二年一二月一日からの更新にも適用されるものと解するべきである。

したがって、抗弁1は理由がある。

四  そこで、再抗弁1につき検討すると、昭和五六年一二月一日時点の賃料は訴訟上の和解による合意賃料として確定されたものであって、これが低きに失したものとは認め難いし、昭和五九年一二月一日の更新の際の六パーセント増額が低きに失すると認めるに足る証拠はない。そして鑑定の結果によれば、昭和五九年から昭和六二年の家賃指数は一・〇八一であり、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一四号証(日本ランディック株式会社作成の鑑定評価書)において採用されている昭和五九年から昭和六一年の東京都区部家賃指数は一・〇六、昭和六一年から昭和六二年のそれは一・〇三であることが認められるのであり、《証拠省略》(いずれも新聞記事)からは本件建物付近地域のビル賃料の上昇傾向は窺いうるけれども、これをもって前件和解による六パーセント増額の合意の効力を失わしめなければならないほどの賃料水準の著しい上昇があるとは到底認め難い。また鑑定の結果によれば、鑑定人は、昭和六二年一二月一日時点の本件建物の月額賃料につき、利回り法により六四万八〇〇〇円、消費者物価スライド法により四一万九〇〇〇円、家賃指数スライド法により四四万一〇〇〇円、差額配分法により六四万一〇〇〇円と試算し、これらを総合考慮の結果、月額五五万円と算定評価したこと、前記甲第一四号証の鑑定評価による同時点の算定評価額は月額六六万九三〇〇円であることがそれぞれ認められるけれども、これらは原告の主張する昭和五九年一二月以降の著しい賃料水準の上昇を根拠づけるものではないことはその記載内容から明らかであって、これをもって再抗弁1の主張を認めることもできない。

したがって、再抗弁1は理由がない。

五  次に、原告は再抗弁2のとおり主張し、《証拠省略》によれば、原契約には、法令または経済界の急激な変動による賃料の改定を必要とするときは、協議のうえ改定することができる旨の約定があることが認められる。

しかしながら、右約定は本来、約定期間中の賃料改定についての定めと解されるが、これが更新時の賃料改定についても適用され、その場合前記のとおりの六パーセントの増額特約には拘束されないと解しうるとしても、前示四のとおりの理由から、未だ右約定に基づく賃料改定の要件は充足していないというべきである。

したがって再抗弁2も理由がない。

そうすると、原告の賃料増額の意思表示により、昭和六二年一二月一日からの賃料は一か月四三万二五八六円となったものであるから、本訴請求中、賃料額の確認を求める請求は右の限度で理由があるが、これを超える部分は理由がなく、したがって、右金額を超える原告の請求額との差額分の支払を求める請求が理由がないことは明らかであり、また前記のとおり、被告は右同日から現在に至るまで一か月四三万二五八六円の賃料を相当賃料として原告に支払っているのであるから、将来の給付を求める請求が理由がないことも明らかである。

六  以上の次第で、原告の被告らに対する本訴請求は、右の限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条但書、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 髙野伸)

〈以下省略〉

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